
2011年05月04日
対談テキスト再録「空間における“闇”の条件」(4)
近代と世界の認識
石田:ロココやその時代、西洋の絵画にある光というものは、絶対的なものの表象だった。キリスト教なら、まず「光あれ」から始まったわけですから、光はまさに神そのものなんです。光が世界の成立の条件なんだという発想について、話を進めていきましょう。例えばフェルメールの絵画というのは、まず大体室内なんです。室内の端に壁がありまして、そこから光が入ってくる。その中で人物が何かをしている。例えば面白い作品があって、地球儀を見ている男の絵があります。これについて、光が入ってくる室内というそれ自体が、世界のメタファーだ、と書いているジョナサン・クレーリーの『観察者の系譜』という本があります。そこでは、イメージにおいて、光が世界なのだということが書かれている。
ここでもう一つ別のルートとして、映像という観点で補助線を引いてみます。光というものを非常に重要視していたあの時代、光自体をどうやって見るかという思考と方法に関する技術は、カメラ・オブスキュラです。カメラ・オブスキュラの中に人間が入ることによって、もう一度世界を観察する。その世界の認識の技術というものが、世界を正しく認識する最もすぐれた方法であると、デカルトやいろんな人が触れている。
ところで、ゲーテの「色彩論」という本の出だしのところで、グレーゾーンの話が出てきます。世界を認識するときに、漠とした世界の羅列をいったん全部光に還元して、像に置き換えることによって均一化させるわけです。それによって正しい世界のあり様が見える。カメラ・オブスキュラを使うということは、一点消失になるわけですから、完全な遠近法の空間がそこに成立するわけです。もう一つ重要なことは、没入の話と若干かぶるんですけれども、このカメラ・オブスキュラの中に入って世界を見る体験で重要だったのは、自分が介在しない世界の成立だったということです。要するに世界というものに自分が取り残されるような感覚です。自分が入り込まないで、純粋に観察する。自分が関わらないという姿勢だと思うんです。ここにも多分光の絶対性のイメージがあって、被造物としての人間、連れ去られるがままの人間であるというような感覚があるんじゃないかと思うんです。
ゲーテの「色彩論」のなかに、すごく興味深い話があります。閉ざされた部屋の中に入ってみると、光の小さな穴が開いている。それは世界につながっている唯一の窓ですけれども、それ自体をずっと見続けて、そしてそれをパッと隠しなさい、闇を見なさいと言うのです。つまり、闇にもう1回目をそらしなさいと書いているんです。そうすると焼きついた光が目の前に出てくるんだけれど、それがいろんな色に変わっていく。その色について非常に細かく記述されています。それこそ同心円的に、周りに緑が出てきたり、その中が赤くなってみたりするわけですね。ジョナサン・クレーリーは非常に暴力的にではあるんですけれども、これを視覚のモデルのものすごく巨大な切断面であると言っています。これは光そのものを見て、そこから闇に1回戻ることによって、グレーゾーンにたどりつくということでしょう。それが意味するのはつまり、光が絶対的に外から来るものではなくなって、自分の内から再生産できるものになってしまったという認識の転換です。自分が再生産してしまう光、すなわち残像というものが、映像につながるものであるのだ、ということです。グレーゾーンという話で言えば、西洋というのは一生懸命グレーゾーンを探し出そうとしてきた歴史かもしれない。
東洋と西洋でどっちが優秀かみたいな話をするのは、全然有益なことではないけれども、ともあれ日本は、遠近法というものをなかなか発達させなかった国ですね。それにはいろんな説があるんですけれども、考えてみると確かに光というもの、あるいは空間の正しい把握に対する厳密な欲望というのは、そんなになかった国だということが言えると思います。例えば絵巻物みたいに、時間をひとつの画面にそのまま全部入れてしまっても別にいいじゃない、むしろ絵なんて時間と共にあるものじゃないの、といったように。
ところでいま会場の、土屋さんが操作しているPCの画面が投影されているスクリーン上に、ターナーの画像がちらちら見えていますが、話を土屋さんにバトンタッチしていいですか?
土屋:いやいや。なぜターナーの画像を用意してきたかというと、最近石田さんがロンドンでターナーを大量に見てきたという話を人づてに聞きまして、石田さんがターナーの話をなさった際に対抗するために、一応図版を仕込んでおいたというだけですよ(笑)。むしろ、石田さんのターナーをめぐるお話をお聞かせいただければ。
石田:光そのものを見てしまうというような体験の中で、光自体が自己生産してしまうようなイメージが行われて、光そのものというものを、どうやって画家が描くかというか、そういう冒険が19世紀の始めに始まりました。そんな中で、ゲーテの「色彩論」を一生懸命読んでいた画家がターナーなんです。そのターナーの絵を、たまたまこの間テート・ブリテンに行ってたくさん見たんですけれども、びっくりする作品に出会いました。
これは『光と色彩』という作品です。この作品には『(ゲーテの理論)』という副題がついています。ゲーテの理論をそのまま絵にした作品だということで、まさに正方形の絵画なんです。これを見て、ターナーというのはすごく大きな位置にいるのかもしれないと思いました。言うなればこれは一つの目そのものであって、何か還元していく――さっきのミニマリズムや、あるいはキュビスムもそうですけれども――西洋の思考のラインから言うならば、物語に頼るのではなく、あるいはいろいろな象徴形式として読み取るものでもなく、世界そのもの全部そこに集約させてしまうような絵画の欲望がもし始まったのだとするならば、ターナーとかがかかわってくる。キュビスムの画面も円だったり楕円だったり、正方形に近づいていくんです。光と闇という二項対立では成立しえない絵画の歴史には、絶対正方形というものが出てくる。何となくそんな気がして、ダーナーだなと思っていたわけです。
一番最初に、宇宙がもし成立するとするならば、イメージとしては手が届く範囲の話だという、そんな話をしました。自分の周りに宇宙があるんだと考える一方、宇宙の途方もない広がりという、手が届かない、この先には何もないかもしれないものに対する、どこまで届くだろうかという欲望がある。一番最小限のミニマルなものを方丈や円だとするならば、その無限の同心円上に宇宙を想定することもできる。その感覚を僕はターナーの絵を見て、非常に強烈に感じたわけです。それにかかわる話をつなげると、ターナーっていう画家は、嵐ばっかり描くんですよ。
もう一度『光と色彩』に話を戻しますと、これはまさに嵐の感覚です。嵐を描くというのは、これはどう考えてもおかしなことなんです。なんでかというと、世界を見るというのはある距離を伴って観察するわけです。ところが嵐を描くというのは、嵐のただ中に入ってしまうわけです。ただ中を描くというのは、ある種不可能なことです。ただ中に入ってそれを見る、しかも嵐ですから遠くは見えないわけです。こんな問題と同時に、近代という問題が始まっていて、例えばターナーの有名な作品だと、蒸気機関車が橋をずっと走ってくる様子を描いている作品があります。ちなみに、これを夏目漱石が1901年に見ていて、漱石はかなりびっくりしています。ともあれ、煙や大気のような不定形なものには時間が含まれていて、視覚を固定させないものであるし、奥行きが遮断されるというか、奥行きが成立しない。あるいは、さっきの盲人の食卓の、あのテーブルの状態に近いような気がする。ある意味で宇宙を近づけてもう一度見るというか、宇宙の只中の体験としての絵画が、ここに始まっているような気がするわけです。只中の体験の絵画というものを描き始めて、宇宙をその中に全部入れ込んでしまったら、それはある意味では絵画の不成立が始まってしまう。見るという体験を超える絵画が始まってくるんじゃないか。そんな点が、またグレーゾーンの話に重なってくるような気がします。
石田:ロココやその時代、西洋の絵画にある光というものは、絶対的なものの表象だった。キリスト教なら、まず「光あれ」から始まったわけですから、光はまさに神そのものなんです。光が世界の成立の条件なんだという発想について、話を進めていきましょう。例えばフェルメールの絵画というのは、まず大体室内なんです。室内の端に壁がありまして、そこから光が入ってくる。その中で人物が何かをしている。例えば面白い作品があって、地球儀を見ている男の絵があります。これについて、光が入ってくる室内というそれ自体が、世界のメタファーだ、と書いているジョナサン・クレーリーの『観察者の系譜』という本があります。そこでは、イメージにおいて、光が世界なのだということが書かれている。
ここでもう一つ別のルートとして、映像という観点で補助線を引いてみます。光というものを非常に重要視していたあの時代、光自体をどうやって見るかという思考と方法に関する技術は、カメラ・オブスキュラです。カメラ・オブスキュラの中に人間が入ることによって、もう一度世界を観察する。その世界の認識の技術というものが、世界を正しく認識する最もすぐれた方法であると、デカルトやいろんな人が触れている。
ところで、ゲーテの「色彩論」という本の出だしのところで、グレーゾーンの話が出てきます。世界を認識するときに、漠とした世界の羅列をいったん全部光に還元して、像に置き換えることによって均一化させるわけです。それによって正しい世界のあり様が見える。カメラ・オブスキュラを使うということは、一点消失になるわけですから、完全な遠近法の空間がそこに成立するわけです。もう一つ重要なことは、没入の話と若干かぶるんですけれども、このカメラ・オブスキュラの中に入って世界を見る体験で重要だったのは、自分が介在しない世界の成立だったということです。要するに世界というものに自分が取り残されるような感覚です。自分が入り込まないで、純粋に観察する。自分が関わらないという姿勢だと思うんです。ここにも多分光の絶対性のイメージがあって、被造物としての人間、連れ去られるがままの人間であるというような感覚があるんじゃないかと思うんです。
ゲーテの「色彩論」のなかに、すごく興味深い話があります。閉ざされた部屋の中に入ってみると、光の小さな穴が開いている。それは世界につながっている唯一の窓ですけれども、それ自体をずっと見続けて、そしてそれをパッと隠しなさい、闇を見なさいと言うのです。つまり、闇にもう1回目をそらしなさいと書いているんです。そうすると焼きついた光が目の前に出てくるんだけれど、それがいろんな色に変わっていく。その色について非常に細かく記述されています。それこそ同心円的に、周りに緑が出てきたり、その中が赤くなってみたりするわけですね。ジョナサン・クレーリーは非常に暴力的にではあるんですけれども、これを視覚のモデルのものすごく巨大な切断面であると言っています。これは光そのものを見て、そこから闇に1回戻ることによって、グレーゾーンにたどりつくということでしょう。それが意味するのはつまり、光が絶対的に外から来るものではなくなって、自分の内から再生産できるものになってしまったという認識の転換です。自分が再生産してしまう光、すなわち残像というものが、映像につながるものであるのだ、ということです。グレーゾーンという話で言えば、西洋というのは一生懸命グレーゾーンを探し出そうとしてきた歴史かもしれない。
東洋と西洋でどっちが優秀かみたいな話をするのは、全然有益なことではないけれども、ともあれ日本は、遠近法というものをなかなか発達させなかった国ですね。それにはいろんな説があるんですけれども、考えてみると確かに光というもの、あるいは空間の正しい把握に対する厳密な欲望というのは、そんなになかった国だということが言えると思います。例えば絵巻物みたいに、時間をひとつの画面にそのまま全部入れてしまっても別にいいじゃない、むしろ絵なんて時間と共にあるものじゃないの、といったように。
ところでいま会場の、土屋さんが操作しているPCの画面が投影されているスクリーン上に、ターナーの画像がちらちら見えていますが、話を土屋さんにバトンタッチしていいですか?
土屋:いやいや。なぜターナーの画像を用意してきたかというと、最近石田さんがロンドンでターナーを大量に見てきたという話を人づてに聞きまして、石田さんがターナーの話をなさった際に対抗するために、一応図版を仕込んでおいたというだけですよ(笑)。むしろ、石田さんのターナーをめぐるお話をお聞かせいただければ。
石田:光そのものを見てしまうというような体験の中で、光自体が自己生産してしまうようなイメージが行われて、光そのものというものを、どうやって画家が描くかというか、そういう冒険が19世紀の始めに始まりました。そんな中で、ゲーテの「色彩論」を一生懸命読んでいた画家がターナーなんです。そのターナーの絵を、たまたまこの間テート・ブリテンに行ってたくさん見たんですけれども、びっくりする作品に出会いました。
これは『光と色彩』という作品です。この作品には『(ゲーテの理論)』という副題がついています。ゲーテの理論をそのまま絵にした作品だということで、まさに正方形の絵画なんです。これを見て、ターナーというのはすごく大きな位置にいるのかもしれないと思いました。言うなればこれは一つの目そのものであって、何か還元していく――さっきのミニマリズムや、あるいはキュビスムもそうですけれども――西洋の思考のラインから言うならば、物語に頼るのではなく、あるいはいろいろな象徴形式として読み取るものでもなく、世界そのもの全部そこに集約させてしまうような絵画の欲望がもし始まったのだとするならば、ターナーとかがかかわってくる。キュビスムの画面も円だったり楕円だったり、正方形に近づいていくんです。光と闇という二項対立では成立しえない絵画の歴史には、絶対正方形というものが出てくる。何となくそんな気がして、ダーナーだなと思っていたわけです。
一番最初に、宇宙がもし成立するとするならば、イメージとしては手が届く範囲の話だという、そんな話をしました。自分の周りに宇宙があるんだと考える一方、宇宙の途方もない広がりという、手が届かない、この先には何もないかもしれないものに対する、どこまで届くだろうかという欲望がある。一番最小限のミニマルなものを方丈や円だとするならば、その無限の同心円上に宇宙を想定することもできる。その感覚を僕はターナーの絵を見て、非常に強烈に感じたわけです。それにかかわる話をつなげると、ターナーっていう画家は、嵐ばっかり描くんですよ。
もう一度『光と色彩』に話を戻しますと、これはまさに嵐の感覚です。嵐を描くというのは、これはどう考えてもおかしなことなんです。なんでかというと、世界を見るというのはある距離を伴って観察するわけです。ところが嵐を描くというのは、嵐のただ中に入ってしまうわけです。ただ中を描くというのは、ある種不可能なことです。ただ中に入ってそれを見る、しかも嵐ですから遠くは見えないわけです。こんな問題と同時に、近代という問題が始まっていて、例えばターナーの有名な作品だと、蒸気機関車が橋をずっと走ってくる様子を描いている作品があります。ちなみに、これを夏目漱石が1901年に見ていて、漱石はかなりびっくりしています。ともあれ、煙や大気のような不定形なものには時間が含まれていて、視覚を固定させないものであるし、奥行きが遮断されるというか、奥行きが成立しない。あるいは、さっきの盲人の食卓の、あのテーブルの状態に近いような気がする。ある意味で宇宙を近づけてもう一度見るというか、宇宙の只中の体験としての絵画が、ここに始まっているような気がするわけです。只中の体験の絵画というものを描き始めて、宇宙をその中に全部入れ込んでしまったら、それはある意味では絵画の不成立が始まってしまう。見るという体験を超える絵画が始まってくるんじゃないか。そんな点が、またグレーゾーンの話に重なってくるような気がします。
Posted by 「石田尚志in沖縄」製作日誌 at 09:07